一般社団法人全日本こどもの歌教育協会 編集部
取材・文:浅見聖怜奈

オペラ歌手 | コラム&インタビュー
木村 善明

現在、ドイツ・ビーレフェルト歌劇場の専属歌手として年間約60公演ものオペラに出演し、世界でご活躍されている一方、指導者として「ギフトミュージックカンパニー」で、多くの子どもたちへ音楽の素晴らしさを伝えていらっしゃる木村さん。 今回はそんな木村さんへ、歌の魅力や子ども達へ指導することとなったきっかけについてお伺いさせていただきました。

オペラ歌手/木村 善明(きむら よしあき)

東京藝術大学音楽学部声楽科卒業および同大学院オペラ科修了。2007年に渡独。ドイツ国立カールスルーエ音楽大学付属オペラ研修所、フランス・トューロン音楽院、ベルギー王立ブリュッセル音楽院、ベルギー・フランダース歌劇場オペラスタジオ、ドイツ国立シュトゥットガルト音楽大学、ドイツ国立トロッシンゲン音楽大学で研鑽を積み、ドイツ国家演奏家資格取得。
2021年東京藝術大学大学院音楽研究科博士後期課程修了。博士号(音楽)取得。
ドイツ・バンベルク歌劇場夏のフェスティバル「フィガロの結婚」のオーディションで380人もの応募者の中から選ばれ、主役フィガロ役でヨーロッパ・デビュー。友愛ドイツ歌曲コンクール優勝のほか、五島記念文化賞オペラ新人賞、岡山芸術文化賞グランプリ、福武文化奨励賞、マルセン文化賞、倉敷市芸術文化栄誉章、松方ホール音楽賞、三菱地所賞など多くを受賞。ロームミュージックファンデーション、野村国際文化財団、ベルギー・ロブス財団、五島記念文化財団奨学生。
2014/15年のシーズンから、ドイツ・ビーレフェルト歌劇場と専属歌手契約を結び、ソリストとして活動中。これまでにドニゼッティ「愛の妙薬」ドゥルカマーラ、R.ワーグナー「ラインの黄金」アルベリヒ、グノー「ファウスト」メフィストフェレスなどで好演を博し、来シーズンはW.A.モーツァルト「後宮からの誘拐」オスミン、R.ワーグナー「パルジファル」クリングゾルで出演が予定されている。
岡山県演奏家協会会員、日本カール・レーヴェ協会会員、国際カール・レーヴェ協会会員、日本ドイツリート協会会員。ドイツ在住。

木村善明オフィシャルサイト https://www.yoshiakikimura.net/

木村さんの音楽・歌との出会いはどのようなものだったのでしょうか?

今覚えているのは、小学校2年生の時に町の少年少女合唱団の団員募集の紙が学校で配られてきて、なぜかわからないけど「これやりたい」と言ったことだったと思います。そして入団試験を受けて合唱団へ入ったことがきっかけでした。でも私、野球に水泳にそろばんにくもんに忙しい少年だったんですよ。(笑)

そんな多才で多忙な少年であった木村さんですが、本格的に音楽の道へ進もうと思ったきっかけは何だったのでしょう?

私の通っていた小学校は音楽が盛んで、朝の音楽集会で全校生徒で合唱したりしていたんです。それで確か小学校5年生くらいの時に、先生の推薦を受け、全校生徒600人くらいの前で歌を歌ったんです。そしたらまあみんなに絶賛されるわけです。(笑)
それで勘違いしちゃって、市民参加型のミュージカルオーディションを受けてみたら合格しまして、そこから1年間、毎週ダンスに歌にセリフのレッスンを受けました。そしてミュージカル「11匹の猫」に出演した時に、歌って楽しいなと感じました。当時習っていたピアノの先生に勧められ、音楽科のある高校に進学すれば音楽に集中出来ると思って。 歌う時は身体全部が解放されるような感覚があって、とにかく歌うことが楽しくて自然と音楽の道へ進むことになりましたね。

音楽高校を経て東京藝術大学へ進学、そしてドイツへと留学されます。

周りから藝大を目指しているとすごいすごいと言われて、藝大が全てだと信じ、青春の全てを捧げて入ったわけです。でも、どこか納得した勉強ができませんでした。 海外へ行こうと思ったのは、「自分という存在を誰も知らない環境」で0からやり直したかったからですね。

海外へ行ってどうでしたか?

私自身、やりたいこと、やりたくないことをはっきりと言える子どもで、周りから日本人ぽくないとよく言われてきたんです。でも海外に行ってみたら、このキャラクターでさえ弱かったんです。 ドイツの仲間たちはみんな「私は私」、「私はこうなるんだ」という意志がとても強かったです。

ギフトミュージックカンパニー

2004年から若手音楽家で立ち上げたグループで、2011年から「ギフトミュージックアカデミー」を開講し、子どもたちに歌うことの楽しさや表現することの喜びなど、音楽を通した体験から、たくさんの経験や成長をしてほしいという想いのもと活動している。

そのような海外でのご経験がギフトミュージックカンパニーでの活動の源なのでしょうか?

ギフトミュージックカンパニー自体は、2004年に立ち上げています。東京藝大を卒業した時、それまでは藝大生というレッテルに守られていたことに気付かされて、演奏する場を作ろうと歌い手仲間と共に始めたのがきっかけです。 そして2007年に渡独し、先ほどのような衝撃的な経験をして、心を開いて自分はこうしたいと言えること、子どもの頃からそういった意志を育てることを音楽を通じてやるべきなのではと思ったんです。それは私自身が音楽を通じてこうしたい、こうなりたいって言えるようになったからです。子供の頃に音楽に触れ、身体、心で感じたことを表に出すことが大切です。そんな中、私には何ができるかと考えたら、私の原点であった小学校の頃に楽しかった音楽の経験、それを日本でやりたいと思いました。

子どもたちへ指導する上で木村さんが最も大切にしていることは何ですか?

何よりも大切にしていることは、子ども達が何か感じたことや、表現してくれたものを絶対に否定しないことです。私の好きなドイツ語に「arbeiten(アルバイテン)」という言葉があります。これは、師弟関係であっても一緒に足踏みを揃えて、共に歩んでいくという意味を含んでいるんです。
どんな小さい子でも、その子の考えをリスペクトし、アイデンティティーを否定しないということです。そうすると、子どもたちは自分自身をリスペクトするようになり、その結果自分自身の存在価値に気づくんです。私自身、ドイツでリスペクトを持って接してくれた先生のおかげで自身の存在価値に気づくことができました。
音楽を自己表現をするためのツールとして、子どもの頃にしかできない感覚を味わってほしいと思っています。そういった社会に出たらできないこと、子どもの頃にしかできない感覚を味わうことがその子の感性を養い、人間力を養い、人間性をも育てると思うわけです。
大人になったら色んなことを我慢したり、人に合わせたりして生活することが多くなるわけですから。

子どもたちと自己表現の1つの窓口として音楽に触れ合っている中でも、音楽の基礎的な知識や技術はどうしても必要になると思うのですが、木村さんはそれらをどのようにご指導されているのでしょうか?

そうですね。私は頭からではなく、身体で覚えてもらうようにしています。身体を動かしてリズムを取ってみたり、私がまず歌ってその後に真似をして一緒に歌ってみたり。楽譜を読もうとすると楽譜に真剣になって、結果姿勢が悪くなってしまったりするんです。頭でなくて身体で覚えて、その後、じゃあ楽譜を見てみようかと楽譜に目をやってみるんです。そこでさっきのあのリズムはこんな風に書くんだよと説明をします。楽譜から入らずに、体感して、その次に音楽をする上で必要な知識として楽譜に戻って勉強するといった順番です。
またアンサンブルをする上で声を合わせる必要があるときは、子どもたち自身に考えさせます。友達と声を合わせて歌うには「どうしたらもっと良くなると思う?」と。私はどんな時でも、子どもたちの声を聞き、リスペクトを持って接する様心がけています。

木村さんにとって子どもたちに教えることはどんなことですか?

オペラ歌手であることと子どもたちへ教えること、この2つの軸が自分の中にしっかりとあります。繋がってないように見えて実は繋がってるんです。子供たちから教わるんですよ。子どもたちと一緒にひとつの音楽に触れていくと、子どもたちの心の綺麗さにはもうかないません。こちらが教えてもらうことばかりなんです。

木村さんの思う歌の魅力を教えてください。

歌の魅力・・・歌うことの魅力・・・そうですね。答えが存在しないことではないでしょうか。
歌って嘘つけないんですよね(笑)。その人自身の全てが見えてしまいます。
私にとって歌は、0に戻れる、ニュートラルになれるものです。仕事として歌っている今もそれは変わらないですね。自分を解放し、自分の存在を認めてくれるものが歌です。
年に1回、日本に帰って子どもたちと一緒に音楽に触れ合う内に、自分の心が洗い流されるような感覚があって、心の洗濯ができるんです。そしてオペラ歌手としての自分ではなく、木村善明という一人の存在としていることができます。

歌を学ぶ子どもたちへひと言お願いします

人生を切り開くのは自分自身です。
毎日ハッピーだと思って生きることです。いい学校に行くことが偉いのではなく、どんな環境で誰から何を学ぶかが最も大切です。

最後に、これからの展望についてお聞かせいただけますか?

そうですね、40を超えて、年齢のせいにしちゃダメだけど、今を大切にって感じなんです。当初はアカデミーの規模を広げたいなど色々考えていました。でもこのご時世、今続けられていることが奇跡だと感じています。今後も今のまま私のライフワークとして関わっていけたらいいなと思っています。
歌は自分を解放し、自分の存在を認めてくれるものです。だからいつもみんなには「たとえ学校で居場所がなかったとしても、ここが君たちの居場所だよ」いつでも帰っておいでと伝えています。みんなにとって0に戻れるものが歌・音楽であり、そんなほっとできる場所がギフトミュージックカンパニーであってほしいと願っています。

お問い合わせはこちら